映画嫌い (456)

2009年7月27日 映画

本日のクソ映画は2008年の米国映画「セントアンナの奇跡 (Miracle at St.Anna)」である。現在、日本で劇場公開中のようだ。本編が約2時間30分もある長い映画である。
 
1983年、クリスマスのニューヨーク。郵便局の窓口で切手の販売を行なっている定年間近の黒人の職員・ヘクターは、切手を買いに来たひとりの男を突然と窓口で射殺する。警察はヘクターを逮補し、ヘクターの住居を家宅捜査したところ、部屋からは女神像の頭部が見つかった。その頭部はイタリアの遺跡のもので、1944年に所在不明になっていたものだった。
時は遡り、第二次世界大戦中の1944年秋のイタリアのトスカーナ地方。米軍の第92歩兵師団の黒人部隊はセルキオ川を渡ろうとしていた。その部隊に所属していたのが若き日のヘクターだ。ところが、川の向こうで待ち伏せしていたナチス・ドイツ軍からの攻撃を受け、部隊は壊滅状態になり、ヘクターら黒人兵士4人だけが生き残る。4人の中のひとりであるトレインは、フィレンツェで拾った女神像の頭部を網に入れて腰からぶらさげて、大切に持ち歩いていた。山の中へ逃れた4人は、ケガをしているアンジェロという名前の9歳の少年を助け、山の中の小さな村に辿り着く。心優しいトレインはアンジェロの世話をするのだった。アンジェロは、ナチスによって一般人が大虐殺された村・セントアンナから逃げてきた少年だ。一方、その村にはナチスに抵抗する武装ゲリラ「パルチザン」も出入りしていて、その中のひとりの裏切りによって、村はドイツ軍に囲まれて攻撃を受けてしまう。素朴な村民たちが全滅。ヘクターを除く3人の米兵も撃たれて死亡。ヘクターも重症を負い、その時にアンジェロとは生き別れに。ヘクターは救助しに来た米軍に助けられ、トレインが大切にしていた女神像の頭部を持って米国に帰還したのだった。
そして、時代は1984年に戻り、ヘクターの裁判が始まる。ヘクターが射殺した男こそ、あの時のパルチザンの裏切者だったのだ。ヘクターに科せられた莫大な保釈金200万ドルを支払ってヘクターを助けたのは・・・。
 
結末は誰にでも想像つくだろう。
保釈金200万ドルを支払ってヘクターを助けたのは、あの戦争を生き延びて、その後になぜか大富豪になっていたアンジェロだったのである。ヘクターとアンジェロが再会するというシーンで終わっているのだ。それをこの映画では「奇跡」としているようなのだ。なんだかなぁ・・・である。女神像の頭部が未知のパワーを出して奇跡を起こすのでもなく、謎の少年・アンジェロが超能力を発揮してドイツ軍をやっつけるわけでもない。ヘクターとアンジェロの再会には何の感動もなかったぞ。いつの日にかあの裏切者が自分の窓口に切手を買いに来ると思って、ヘクターは拳銃を用意していたのかねぇ?
で、この映画、とにかく、いろいろと詰め込み過ぎなのだ。何度も何度も黒人差別の件をくどくどと見せても逆効果じゃないのかねぇ? ルイジアナ州のアイスクリーム店の話とか必要性のない無駄なシーンも多いしなぁ。スリーピングマンと呼ばれる山の話題も意味ないぢゃん。村民のレナータもベッピも、少年・アルトゥーロや、新聞記者のティムなんかも必要のない登場人物だなぁ。そ~いうのって、全部カットしたほうがいいのでは?
戦争の悲惨さはわかるけれど、こ~いうので感動するってのは違っていると思うぞ。
 
映画「セントアンナの奇跡」
http://www.stanna-kiseki.jp/
 
 

 
 

 
 

エジプト嫌い

2009年7月28日 日常
 
本日もヒミツの日記のみ。
 
 

 
 

 
 

映画嫌い (457)

2009年7月29日 映画
本日のクソ映画は2007年の米国映画「デス・センテンス (Death Sentence)」である。どこかで見たことがあるストーリーだなぁ・・・と思いながら見ていたところ、これ、チャールズ・ブロンソン主演映画「狼よさらば(1974年)」のリメイク作らしい。
 
会社副社長のニック・ヒュームは妻と2人の息子と4人で幸せな暮らしをしていたが、ある夜、ニックと長男のブレンダンが立ち寄ったガソリンスタンドにギャングたちが強盗にやってきて、ブレンダンが刺殺されてしまった。悲しむニックは復讐の鬼となって犯人たちを追い、ブレンダンを刺殺した犯人を刺殺する。しかし、ギャングたちはその報復でニックの家を襲撃。妻は射殺され、次男のルークは意識不明の重傷にされてしまった。怒りで般若顔になったニックは銃で完全武装し、ギャングのアジトに乗り込み・・・。
 
家族を殺されて復讐に燃えるオヤジ・・・というありがちな映画である。ストーリーはシンプルで、ドンデン返しもサプライズもない。銃の経験もないシロートのニックが、なんでそんなにバリバリと撃てるんだ?という疑問しか残らなかったぞ。
主役のニックを演じるのが、お馴染みのケヴィン・ベーコンである。映画「インビジブル」など悪役が多かった彼がこのような役に抜擢されたのが意外である。そのチンパンジー顔がますます進化しちゃって、なんだかジム・キャリーみたいな顔になっちゃっているなぁ。
ってことで、この映画はケヴィン・ベーコンのファンだけ見れば良い。
 
映画「デス・センテンス」
http://plaza.rakuten.co.jp/bamitonki/diary/20090407/
ケヴィン・ベーコン
http://www.asahi-net.or.jp/~rn6d-hnd/people/kevin_bacon.htm
 
 

 
追記:
その後に知ったのであるが、この映画は「狼の死刑宣告」の邦題で2009年3月にDVDが発売になるらしい。
 

 
 

映画嫌い (458)

2009年7月30日 映画
 
見てはいけないどぉ~しょぉ~もないクソ映画を摘発し、注意を喚起するこのコーナー。本日のクソ映画は2005年の米国映画「地球に襲来する日 (The Orb)」である。あのなぁ、DVDのパッケージのイラスト、映画の内容に全く関係ないじゃないか。イラストにあるようなシーンなんかありゃしない。そ~いう映画じゃないのだ。

街の男女の若者たちが山の中にキャンプにやってきた。ケンカする者もいれば、茂みの中でファックするカップルもいる。そんな時に、空から隕石が降ってきて近くに落ちたのだ。隕石の中からはバレーボールくらいの大きさの1つの青い球体が出てきて、空中を飛び回り、そして人間の体内に入って寄生する。寄生された人間はほかの人間を襲って食いちぎる。青い球体は次々と寄生する人間を変えて、若者たちを血まみれの死体にして・・・。
 
どぉ~しょぉ~もなく貧弱で無意味なストーリー、遠近感を無視した失笑のヘナチョコ・CGとの合成、そしてシロートなダイコン役者ばかりのクソ演技。撮影はカット割りや構図といった基本事項すらできておらず、編集もザツ。そのような、シロートによる自主制作ものの域を出ていないショボい映画がコレなのである。こんなクソ映画でオッパイ出してるそこのダイコン女優さん、あんたの人生、それでいいのか?
ちなみに、この映画の最後で、続編の予告をちょっとだけ見せているのである。こんなクソ映画を作っておいて、続編の予算っていったいどこから出てるんだろ?
 
映画「地球に襲来する日」
http://www.tsutaya.co.jp/works/10105222.html
 
 

 
 

 
 

映画嫌い (459)

2009年7月31日 映画

見てはいけないどぉ~しょぉ~もないクソ映画を摘発し、注意を喚起するこのコーナー。本日のクソ映画は2005年のイギリス・ハンガリー合作映画「敬愛なるベートーベン (Copying Beethoven)」である。

1824年のウィーン。採譜師のシュレンマー氏は病床にいた。そこで、彼は自分の請負っている仕事を代理で行なってくれる才能のある人物を求め、音大の教授に首席の生徒を紹介してもらうことにした。そして、教授の推薦状を持ってシュレンマー氏の所へやってきたのが、23歳の女性、アンナ・ホルツだ。シュレンマー氏が請負っていた仕事とは、ベートーベンが作曲中の新曲「第9交響曲」の採譜である。ベートーベンの書き散らした譜面のメモ書きや断片を集めて、1つの楽曲としてオーケストラ用にアレンジした楽譜を書き上げる。それが採譜師の仕事である。「第9交響曲」の初演を行なうのは4日後だ。時間がない。さっそくアンナは「第9交響曲」の最終楽章の採譜を仕上げ、チェックしてもらおうとベートーベンの家に持って行く。アンナの前に現われた男は、粗暴で下品、どうしょうもなく気難しく偏屈なオヤジである難聴のベートーベンだった。アンナが採譜した譜面を見たベートーベンはアンナの才能に驚く。アンナはベートーベンのその性格に戸惑いながらもベートーベンの家でアシスタントとして「第9交響曲」採譜の仕事を続ける。そして、ベートーベンが自ら指揮台に立ち、「第9交響曲」の初演の演奏会が始まる。難聴の彼なので、指揮台に立っても彼にはオーケストラの出している音を判断できず、指揮と音にズレが出てしまう。そこで、楽団員の影で指揮をして、その動作をベートーベンに真似させたのがアンナだった。初演は大成功に終わり、聴衆たちはその曲に涙する。
(中略)
1827年3月26日の早朝、病床のベートーベンはアンナに看取られて死去する。ベートーベンがアンナと共に書き上げた「大フーガ」は後世の作曲家に大きな影響を与えるものとなったのだった。おしまい。
 
以前に、下品なモーツアルトのその才能と死を見せていた「アマデウス」という映画があったが、それのベートーベン版を低予算で作ってしまったような映画がコレである。採譜師のアンナの目からみた偏屈オヤジ・ベートーベン、「第9交響曲」と「大フーガ」の作曲秘話ってなところなんだろうが、何を見せたい映画なのかさっぱりわからなかったなぁ。
それで、粗暴で下品、どうしょうもなく気難しく偏屈なオヤジ・・・。それって・・・どこかで見たことがあるような・・・。うわぁぁ、私のことだぁ!
 
映画「敬愛なるベートーベン」
http://info.movies.yahoo.co.jp/detail/tymv/id325872/
 
 

 
毎度毎度の疑問なんだが、19世紀前半のウィーンで、なんで全員が英語で会話しているんだろう?
 
ところで、ベートーベン(Beethoven)はその名前、Beet(ビート) + Hoven(農場) から、彼の先祖はビート農場の地主か関係者だったのだろうと思われている。ビートってのは日本名を甜菜(てんさい)とか砂糖大根で呼ばれているアレである。
ちなみに、ビートたけし(北野武)、ツー・ビートの「ビート」は音楽用語のビート(beat)のことではなく、甜菜の意味のビート(beet)の意味なのである。甜菜に「天才」の意味をかけて、ツー・ビートとは「2人のテンサイ」という意味なのだ。テンサイであるはずの相方のビートきよしを全く見かけなくなったのは私だけであるまい。
 

 
 

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