映画嫌い (171)

2007年4月11日
 
本日のクズ映画は1988年の米国映画「ゾンビ伝説 (The Serpent and the Rainbow)」である。
 
南米のハイチでは、墓に埋葬(土葬)されている死者が土俗宗教・ヴードゥ教の秘儀の呪いによって生き返り、蘇って墓から出てきた死者が奴隷として酷使されていると言われている。それがゾンビである。
主人公は科学者のデニス・アラン。ハイチで麻薬捜査の経験がある彼は、再度、ハイチを訪れた。ゾンビの謎を解明するのが目的だ。ヴードゥ教の神官やハイチの秘密警察の妨害を受けながらも、デニスは人間を仮死状態に見せかける秘薬「ゾンビパウダー」の存在を突き止める。そして暴かれたゾンビの真実とは・・・。
 
しょ〜もない映画だ。ゾンビ、ヴードゥ教という胡散臭いオカルトに、ゾンビの謎解きのサスペンスとアクションを加えちゃったらこ〜なっちゃった。テンポがめちゃくちゃ悪くて、意味もない無駄な幻覚シーンが多過ぎるのがクドい。デニスを演じているのは、後に映画「インデペンデンス・ディ」で米国大統領を演じているビル・プルマンだ。(あの映画も酷かったねぇ、なんで大統領が戦闘機に乗って戦うんだかなぁ?)
 
ゾンビだなんてぇ、ったくもぉ〜、ナンセンスきわまりないバカ話なのであるが、そんなゾンビの謎を解明しようとした物好きな学者が米国にいた。米国・ハーバード大学の人類学者・ウェイド・デイヴィス(Wade Davis)である。彼は1983年からの2年間、ハイチの秘密結社に潜入して調査し、ゾンビを製造する時に使う「ゾンビパウダー」の事を知り、その入手にも成功した。ゾンビパウダーにはフグを丸焼きした成分が含まれているとの情報を得て、彼はゾンビの謎の正体はフグ毒の「テトロドトキシン」だという仮説を唱えた。奴隷にしようとする生きている人間の肌にゾンビパウダーを塗ると、テトロドトキシンが皮膚から体内に吸収されて神経が麻痺し、仮死状態のようになると言う。死んだと勘違いされて墓地に埋葬された仮死状態の人間を墓から回収して、拉致・監禁。テトロドトキシンの効果が薄れて元の状態に戻ったところを奴隷化していると結論付けたのだった。
デイヴィス氏はこの件を論文にまとめ、ハーバード大学から博士号を授与されている。更には、デイヴィス氏はハイチでのこの件の経験談・冒険談・武勇伝をまとめ、著書「蛇と虹 (The Serpent and the Rainbow)」を1985年に出版している。3年後にこの本は日本でも翻訳されて「蛇と虹 ― ゾンビの謎に挑む」(田中昌太郎 訳、草思社)として出ている。
 
その著書こそがこの映画の原作本なのである。原作本と映画は原題が同一だな。
原作本を大幅に脚色しちゃっているんだけど、原作本がドキュメンタリー風だったから、映画化するにあたってのこのくらいの脚色は当然かも知れないな。タイトルにある「蛇」と「虹」ってのはヴードゥ教における創造主のことである。映画の主人公のデニスってのが、デイヴィス氏本人のことなのだ。デニスは科学者という設定になっているが、デイヴィス氏は科学者ではなく人類学者だ。
 
上記のデイヴィス氏の説は一見はもっともらしく見える。ところが、科学者ではないデイヴィス氏によるテトロドトキシン仮説は、実はハチャメチャな説であって、とてもじゃないけど、こんな非科学的な説は認められないのである。デイヴィス氏には科学の素養がないようで、仮説の根拠があいまいであり、その上に仮説の科学的な検証も全く行なっていない。そんなのは机上の空論でしかないのだ。オカルトを解明しようとしたデイヴィス氏が唱えた説がオカルトになっちゃっている。
 
何故にデイヴィス氏の説が非科学的なのか説明しよう。
まず、バカらしいことに、デイヴィス氏はゾンビパウダーを入手しておきながらも、その成分の科学的な分析を全く行なっていないのだ。テトロドトキシンが含まれているというのは彼の単なる思いつきでしかない。実は、ゾンビパウダーにはテトロドトキシンは含まれていない。ゾンビパウダーの製造に使われているのはハリセンボンというトゲトゲのフグで、ハリセンボンにはフグ毒はない。日本人はフグを食べるので、日本はフグ毒に関する研究では世界最先端にある。ゾンビパウダーが日本に持ち込まれてのフグ毒の研究機関で分析された事もあるのだ。分析の結果、全くテトロドトキシンは検出されなかったのである。
更には、ゾンビパウダーの効果の再現性をデイヴィス氏が検証していないのもマヌケだ。本当にゾンビパウダーで神経が麻痺して仮死状態になるのか、マウスを使った実験すらしていない。
更に言うと、たとえテトロドトキシンが含まれていたとしても、そは皮膚からは吸収されない。テトロドトキシンの作用で仮死状態になることもない。
デイヴィス氏の説は根拠もなく科学に反する全くのデタラメなのだ。いくら科学者じゃないとしても、学術としてのアプローチがこんなに杜撰で良いわけがないぞ。デイヴィス氏は学者失格だな。こんないいかげんな説に対して学位を授与したハーバード大学って何なんだよなぁ?
 
日本とは違って、欧米ではフグを食べる習慣がなく、その毒性については欧米では正しく知られていない。「未知の不思議な毒物」のように思われているのである。映画化されて昨年に公開された「トリスタンとイゾルデ」でも主人公のトリスタンはフグ毒で仮死状態になったりしていて、フグ毒ってのはそのような伝説上のファンタジー毒物なのだ。デイヴィス氏の仮説はそのような状況から生まれた空想でしかなく、科学的には事実無根のインチキだったってことだ。だから、その著書をベースにしてゾンビパウダーをゾンビの謎の正体としたこの映画もインチキなのである。そんなわけで、この映画はクズなのだ。
 
 
映画「ゾンビ伝説」
http://www.universalpictures.jp/serpent/catalog_item_rental.html
http://hobby.gray-japan.com/movie_n/zombie/n_zombie-022.html
http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD5362/story.html
「蛇と虹 ― ゾンビの謎に挑む」ウェイド デイヴィス 著
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4794203136/
 
参考文献:
「フグ毒のなぞを追って」清水潮 著
http://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-8520-0.htm
 
 

 
9年くらい前に、日本テレビの番組「特命リサーチ 200X」でゾンビの謎を解明するやつが放送されていた。あの番組では、デイヴィス氏のゾンビパウダーの件を紹介し、テトロドトキシン仮説を全面的に肯定して、まさにこれがゾンビの秘密の決定版!ってな内容で放送されていた。あの番組も「あるある大辞典」並みにインチキが満載な番組だったよなぁ。「マイナス・イオン」だなんて、ありもしないものを世に広めた功罪は大きいぞ。
 
それにしても、欧米人って、ヴードゥ教とか、インディアンの呪いとか、おどろおどろしい異文化ものが好きだよなぁ。映画「ハンニバル・ライジング」で日本文化が出てくるってのも、それの一環だな。
 

 
 

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